第19章 なぜ直立二足歩行が進化したか(II)人類は平和な生物
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直立二足歩行は役に立つか
だから直立二足歩行は、生命が誕生してから長いあいだ進化しなかった
しかし、およそ700万年前に何かが起こり、地球の歴史上初めて、直立二足歩行が進化した
それを推測するために、直立二足歩行と並ぶ大きな特徴である、犬歯の縮小について考えてみよう 人類は平和な生物
しかし、チンパンジーの食物の中で占める肉の割合は5%程度と言われている
主食は肉ではなく果実
果実は少なくなる場合があり、そういった不安定な果実をめぐって群れ同士で争いが起きることがある
チンパンジーは多夫多妻的な群れを作ることが知られている そのため、雌をめぐって雄同士の争いが起きる
このようにチンパンジーは群れ同士でも群れの中でも争うことがある
このとき雄同士の争いは苛烈で、相手を殺してしまうことも珍しくない
群れ同士の争いでは、片方の群れの雄が皆殺しにされたケースも報告されている
人類の犬歯は小さい
大きな犬歯を作るには小さな犬歯をつくるよりも多くのエネルギーが必要
もし牙を使わない生き方を始めれば、自然選択の中の方向性選択によって犬歯は小さくなっていくだろう 威嚇から殺し合いまで様々な争いの場面で大きな犬歯は役に立つ
人類では大きな犬歯を使わなくなった
あまり争いをしなくなったのだと考えられる
人類は平和な生物だという説への反論
「犬歯が小さくなったのは、牙の代わりに武器を使うようになったからだ」
ダートはアウストラロピテクスと同じ場所で発見されたヒヒの頭骨に凹みがあることを発見した ダートはこの凹みがアウストラロピテクスによってつけられたものだと考えた
また、アウストラロピテクスの頭骨にも殴られた跡があり、武器はアウストラロピテクス同士の殺し合いにも使われたと主張した
ダートの説では、自由になった手で骨などを握って武器として使えるようになり、狩りや人類同士の殺し合いを始めた
つまり直立二足歩行を始めた人類は肉食であり、武器の使用が脳の大型化を促した ダートの「人類は攻撃的な生物」という説は大変な人気となった
しかし、この節にはいくつか問題がある
ヒヒやアウストラロピテクスの頭骨の凹みなどは、実は骨で殴られたからできたわけではなかった
ヒョウに襲われたり、洞窟が崩れたりしたためであることが後の研究で明らかになった そもそもアウストラロピテクスは肉食ではない
腸が長いことなどから考えても、基本的に植物食だったことは明らか
類人猿とは異なる道具を使い始めた年代も問題
今のチンパンジーも木の枝や石を道具として使うので、その程度の道具なら、約700万年前に生きていた共通祖先も使っていた可能性が高い しかし、石を加工した武器は人類固有の道具で類人猿には作れない
現在最古の石器は約330万年前のもので、犬歯が縮小した約700万年前とはだいぶ時間的な開きがある さらに、哺乳類を対象に、ある個体が同種の個体に殺される割合を見積もった研究がある 人類でその割合が跳ね上がるのは農耕が始まってから
「犬歯が小さくなったのは、硬いものを食べるようになったからだ」
横方向の咀嚼運動のためには、犬歯が他のはより飛び出していたらじゃまになる
その化石を見ても、横方向の咀嚼運動が発達していた形跡は特にない
上顎とした顎の犬歯の比較もこの反論に対する反論になる
横方向の咀嚼運動に邪魔であれば、上顎の犬歯も下顎の犬歯も同じように小さくなるはず
武器として使うときは、下顎より上顎の犬歯の方が重要
実際に初期人類の犬歯を調べてみると、上顎の犬歯の方が先に小さくなっていることがわかる
オスとメスの割合
どうやら犬歯が小さくなった理由は、同種内での争いが減ったためらしい
争いの中で最も多いのは雌をめぐる雄同士の闘い
一夫多妻や多夫多妻の社会では、雌をめぐる雄同士の争いをなくすことは難しい
一方、一夫一婦的な社会では雌をめぐる雄同士の争いは、一夫多妻や多夫多妻的な社会よりもずっと少ない 雄同士の争いの激しさを考えるときには、群れの中の雄と発情した雌(交尾可能な雌)の割合も参考になる
雄同士の争いが最も激しいチンパンジーでは、5~10頭の雄に対して雌が1頭
これがボノボだと、2~3頭の雄に雌1頭くらいで、雄と雌の割合が近づいている
このため、雄同士の争いはチンパンジーより穏やか
ボノボの場合は争いが起きそうになるとお互いの性器をこすり合わせたりして緊張を解くことが多い
群れの中の雄同士でも、群れが他の群れと出会ったときでも、争いになることはほとんどない
ごくまれに闘うこともあるようだが、少なくとも死に至ったケースは観察されていない
ボノボはチンパンジーよりも平和な種
ちなみに発情していない雌を含めた雌全体の数は、ボノボでは雄の数とほぼ同じ
一方、チンパンジーでは雄の数は雌全体の数の半分以下
チンパンジーの雄は他の雄に殺されることが多いからだ
チンパンジーの雌は出産後3年半~4年ほど排卵しないので、その間は妊娠しないし、発情もしない 一方、ボノボの雌も出産後3~4年ほど排卵しないので、その間は妊娠しない
ところが、出産後1年ほど経つと、まだ妊娠しないにもかかわらず、発情だけは再開する
このため、ボノボの雌の発情期間はチンパンジーの雌よりも長くなる
総合的に考えると、雄1頭あたりの発情した雌の数はチンパンジーよりもボノボの方が多くなる
その結果、雄と発情した雌の割合が1:1に近くなっている
ヒトは進化的には、ボノボ以上に平和な種なのだろう
ヒトの犬歯がボノボの犬歯より更に小さいのは、その証拠と考えられている
初期人類では化石として残らないので直接的な証拠がない